充実した人生とはいったいどんな状態の事を指すんだろうか。間違いない子育てってどうやったらいいんだろうか・・・。
例えば、心の中に無限に存在する喜怒哀楽、これらの感情を、今の自分の心のどんなとこにどれだけ当てはめるのか?っていうのがうまい事回って、適度に幸福感を感じられる状態。←これの事っすか?で子育てにおいてもそういう事が出来てる状態??
39歳、父親1人で子供2人を育てる、義理の両親の助けが有って何とかやっていけてる状態で、今3年目。
2020年7月、妻がいない、もう自分しかいない、真剣に子供たちの事とか考えへんかったらやばい、っていう状況になって初めて、充実した人生とか、間違いない子育てとかって、どういう事なん?普段どういう事したらいいの?って事をまぁまぁ真剣に考えるようになった。
それだけ、今までは色々な事を妻に押し付けて甘えてきたって事やね。ごめんね・・・。
妻が生きていたころ、この、『ごめん』っていう言葉を言う事に少し抵抗が有った。今考えたら、もっとごめんとか有難うを言っておけばよかった。今はもう伝えることが出来ない言葉と、その感情たち。それだけに、世の子育て世代の皆様には、”いま、手の中に有るもの”を、当たり前だとは思わないようにして頂きたいし、自然とそう感じられるよう、心の形を少しでもまぁるく出来るお手伝いが出来ればと思い、この文章を書いております。(少し視界が曇ってまいりました、が、書き続けます。)
まず、私が今、これが正解じゃないかなと思ってることとしては、充実した人生ってのは、自分の心が決める事のように思う、って事。他人から見て、あんま楽しそうじゃない人生でも、本人が楽しくて充実してると感じられているのであれば、それでOK、何ら問題無し。
子育てもそれに似ていて、正解の形なんてのは人それぞれ、親とか周りの『○○でなければならない』っていうプレッシャーが、子供の心を濁らせる、心が濁ると、思考の言語化能力の育成が止まる。健全なマインドの生成に影響を与える。様々な悪影響が出てくる、とかって事のような気がしてます。
例えば、人との適正なコミュニケーションが出来ないと、お勉強の分からないところを先生や人に聞き解決に結びつける事にも差支えが出ると思うし、第一学校自体が楽しくなくなる。
いつの日か息子が言っていた事、人間が他人をいじめるという行為は、本能から来ているらしい。サルが群れを成すようになり、周りからの評価を多少なり気にして生きないといけなくなってから、サル(人)は周りの目を意識するようになりました。加えて、自分の評価をあげる事も意識するようになりました。
で、その周りからの評価をあげる手段として、何か良い事をしてコツコツと着実に努力をしていくよりも、自分よりも評価の低い者を否定する(いじめる)事で、自分の評価を下がらないようにする方が楽であることに気付きました。というのがいじめのルーツらしいです・・・。
評価の一番低い者は、かわいそうにいじめ?にあい、評価をあげる事が難しくなりますよね・・・。いじめの形は土地柄や学校によっても様々と思いますが、生々しい内容であったり、なんとなくグループに打ち解けれない、というような物であったり、ムラはあると思います。法律に抵触する事柄を省き、人間の心理とかの関係上、これらを完全に無くすという事は不可能に近いのかもしれません。そもそも、誰とでも和気あいあいと仲良くするなんて出来る人はいないでしょうから・・・。
何が言いたいのか?というと、コミュニケーションが健全に出来る心、これを育む事が一番大切な気がします。それが出来る事で、外部から入ってくる情報の質も上がり、おのずと目標や夢が見つかり、草花のように、自分から進んで明るいお日様の方に向かって行く。
そういう形がものすごく自然でもあり、継続性もある。という事なんだと思います。
自分の人生の充実?に関しては、私の場合にあてはめて考えてみると、まずは3年前時点では安心できる要素が無い状態。もうお先真っ暗ですよね・・・。そこで、私はこれからどのような考え方のもと生きていけばいいのか?を考えました。
成功している人の共通点、それは『楽しみながらやってる』ってところだと思うんです。
あと、まず今の自分の最大の課題事項としては、子育て。母親のいない2人の子供たちを、少しでもまともに育て上げる事。
つまり、子育てを楽しむ事!これをまず一番の目標にしよう、普段から子供たちと接する事を少しでも楽しむにはどうすれば良いだろう??そういう事を考えるのに時間を使う事にしました。
私の場合、山歩きや自然が好きなので、子供たちを誘って綺麗な自然のあるところに出かけてみる。幸い子供たちもそういうのが嫌いではなかったので、ついて来てくれるようになりました。そういうとこに行くと、スマホの電波とかが届かなかったりするので、子供たちとの会話も自然と増え、普段考えている事や感じたこととかを言ってくれるようになりました。そこ少しの会話をする機会から、子供たちが興味を持っている内容や、やりたい事を掘り下げ、興味のありそうなイベントに誘ったり、本を買いに行ったりするようにしています。
究極を言うと、上高地とかみんなで歩きに行ったりもしてみたいですよね。少し高いかもしれませんが、一生記憶に残る思い出が出来る事間違いなしです。
自分の好きな事、楽しめる事と、子育てを絡める。これが一番の正解に近い形なのかなと、いったところです。そんな感じで、少しでも楽しくなるような考え方をすることで、人生の充実感も上がってくる、という事であってほしい次第です(笑)
お釈迦さまは、何千年も前、よき友を持ちなさいと説いたそうです。自分が困ったときに助けてくれる人、自分が間違ったことをしそうなときに引き戻してくれる人。ただその反面、良い友達が見つからないときは、無理に躍起になるのではなく、孤独を貫き、自分の精神とセンスを研ぎ澄まし。その時を待て、という事も説かれたそうです。
何事も無理をするのは厳禁、無理な取り組みには継続性が無いからです。
これなら出来るかな、という内容、かつ、少しでも楽しみながら出来る事。小さなことから掘り下げて、大きな幸福に結びつける事が出来ると、良いですよね。
あと、しょうもない事ばかり書くから、アクセス上がらないんですよね(笑)
長々とすみませんでした。最後までお読み頂いた方がもしいらっしゃれば、心からお礼を申し上げます。
有難うございましたm(__)m